HIコースインタビュー Vol:1-② 香川秀太准教授に聞く

「HIコースインタビューVol:1-① 香川秀太准教授に聞く」の続き。

Q:先生のご研究は、看護の領域のものが多いですが、きっかけを教えてください。

状況論においては、学習の転移や、人が異なる状況間をまたぐ学習過程に関する議論があり、その中でも、「学校教育は実践の現場と乖離している」という有名な議論があります。私は特にそうしたことに関する研究がしたいと思い、大学院に入りました。その転移の話に関連しますが、レズニックという研究者が、学校の学習が実践に転移しない理由の一つとして、学校では、実践現場で豊富に道具がつかわれることに比べて、むしろ、道具に頼らない個人の能力を鍛えるため、それは制約される傾向にあるからだ、と述べているんですね。そのことが何となく頭にあって、あるときに看護の大学にお邪魔したら、医療器具やベッドなど、実践的な道具が豊富に取り揃えられていて、実践に直結することがむしろ教えられている。レイヴは88年の本で、転移は存在しないって結構極端に述べているんですけど、実際に看護系の大学に行ってみると、むしろ転移っておこってるんじゃないのかなと素朴に思った。で、先生方に聞いてみたんです。こんなに道具が揃ってるし、直接役に立つことを教えてるんだったら、学生さんは、現場に出てもしっかり動けるんじゃないですか?って。そうしたら、そんなことはないと。あんなに学校でいろいろやっているのに、実践に出るとフリーズしてしまって全然うまくいかないという話を聞いて、これは面白いんじゃないのかなと思ったのがきっかけです。

且つ、いくつか読んだエンゲストロームの論文の中に、医療関係のフィールドをテーマにした研究がいくつかあって、医療関係は面白いっていう潜在意識があって、そことつながったというのもあります。

でも、(自身の看護の研究が)現在まで続くとは、始めたばかりのころは思ってはいませんでした。状況論の研究者の方たちは学校とか職場とか、結構いろんなフィールドを渡り歩きながら、研究をやられていたりするので。ただ、看護のフィールドで起こっていることは、突き詰めると、他のフィールドにもつながる共通点が多いと思います。逆もまたしかりです。そうして互いを、つなげていくのも、大事な私の仕事です。

例えば、企業研修。研修では、満足度を高める次元と、ねらった知識が身についているかという次元と、更にもう1歩進んでそれが職場に転移できるかという次元があって、その転移が一番難しいと言われてるんですけど、そこで研究されていることも、看護の研究とつながりが見いだせると思います。或いは、ある職場から別の職場への移行、部署間の連携など、色々な関連性が互いにあります。学校とも関係します。研修は、例えば一斉授業方式など、学校のシステムを踏襲している側面がありますし、評価方法、管理‐被管理関係、権力関係、上下関係も、全く同じでないにせよ、学校と関係します。

根っこでいうと、これらは全て、状況間、文脈間の横断とか、越境という概念でつながります。組織、コミュニティ、シチュエーションを横断する学習ということです。

似たことというのはつまり、状況間を横断する中で、アイデンティティが変わるとか、文化的なギャップが生まれるということです。例えば、研修の場合はいろいろなことがスタティックなことが多い。でも、実践では、対象がリアルなお客さんや患者さんで、マニュアルに書いてあるようには動いてくれない。複雑でいろんなものが絡んでいるし、それぞれの状況におけるコミュニケーションの在り方や人やモノとの関係が互いに違う。自分という存在のあり方、ポジショニングも、関係性の変化によって変わってくる。

それと同じようなことが、実は、組織内の小集団の関係性にもいえる。例えば幹部のやり方や方針と、現場でやっていることの間には乖離があったりすることは、どの職場でもありうることですが、それは幹部と現場状況との人やモノとの関係性や相互行為の違い、見ているもの、重視するもの、文化の違い、アイデンティティの違いからです。

つまり、状況間の横断、複数のコミュニティの関係性という枠組みで見ると、一見別物に思えていたフィールド間に、いろんな共通点や特徴が見えてくるということです。

看護の領域をフィールドにすることについては、面白さとやりがいを感じていることに加えて、看護教員の方たちの研究をやろうという機運が高まっているということもあります。僕は門外漢ですし、見た目的に威厳もないので(笑)、その点は弱みかもしれませんが、逆に、少し離れたところから見ることができる立場でもあるかもしれません。状況論的に看護の実践や看護教育について考えるということについては、これからニーズがもっと増えていく気もしますし、そこに何らかの面白さややりがいを見つけられる限り研究も続けさせていただきたいと思っています。

今、ちょうど熱心に実践も研究活動もやってらっしゃる看護系の先生方にお声をおかけいただいて、状況論を用いた、学習コミュニティづくり、或いは、新しい教育実践や職場改善の取り組みに加わらせていただいております。その中で、佐伯胖先生のアイデアが大きなヒントの一つになっています。それを、色々な他のアイデアを異種混交させながら、どう、目の前のフィールドにうまく創造的な具体化をし、実践、教育現場をつくり変えていくことができるかの勝負です。

またもう一つ、これまでの話とは、全然関係なさそうですが、実は今、反原発デモを中心に社会運動にも関心を持っていいます。昨今のデモは、逆に、組織というものがはっきり決まってない緩やかなネットワークだ、という風に言われています。

例えば、官邸前でやっていた反原発デモ。スタッフの方たちは代表を置かないということにこだわっていたりします。議会制、代議制ものに対するアンチテーゼが背景にあって、代表を置かない、団体の旗を置かない、かつ組織というはっきりしたものを作らないようにしている。

で、そのデモって、実際に行ってみると別に「反対!」って言わなくても、ある意味で、「参加者になる」んです。官邸前には生垣があって、そこにみんなが座ってる。座っているのはただ休んでいるだけかもしれないんですけど、はためから見ると、参加者になるんですよね。そういうのが、結構面白かったりする。

要は普通の組織のように、入社するとか、書類を書くとか、そういう入口の境界がない。実は見に来てるだけかもしれないし、反原発デモなんかむしろ反対と思っているかもしれないんですけど、「そこにいるだけ」で、参加者になってしまう、その矛盾が面白いんですよね。

デモは、そんな形で、境界が一見ない、緩やかなつながりに見えます。しかし、いろいろ見てみると、実は境界がないようで、いろんな境界も同時につくられている。境界をつくらないようにしながらも、別の新たな境界がつくられている。そんな矛盾や複雑さが面白い。で、状況間の越境は、境界について議論するということでもあるので、境界そのものって何だろう、境界とは何だろうっていうのを考える上で、デモの動きっていうのは結構面白かったりするんですね。

今、そんなことも含めて、デモを素材にした原稿を書いたところで、それを盛り込んだ本を編集しています。そんな形で、越境論の延長線上として、或いは越境論の問い直しにつながるものとして、さらに、イノベーションや社会変革を考える上で、大事なヒントが隠されているのではという直観のもと、デモの分析にトライしています。

Q:先生が4月からご担当される授業について教えてください。

組織学習実践研究と組織学習論。それと、学習デザイン原論です。組織学習論の内容や予定について紹介します。

例えば、職場において、教育を担当する上司とそれを受ける新人とのコミュニケーションのやり取りとか、そういうローカルなレベルで見ていくと、そこには学校教育の亡霊のようなものが存在したりもします。

だから学校のことにも多小触れながら、組織でのやりとりを分析する視点について話しをしようと思っています。それから、組織論に関する基礎的な理論のお話しもさせていただく予定です。あとは、組織をどう作り替えていくかという組織変革の話。組織のイノベーションを起こすために実際に行われた実践の話。例えば、離職者を減らすのに、幹部と現場の乖離を色々なコミュニケーション機会を新たにつくって埋めて、それに一定程度成功したという実践。そんな具体的な事例をふまえた、組織のイノベーション、変革に関する話題を提供させていただいて、最後にデモとか社会運動の話しにつなげていこうと思っています。

ちなみに、イノベーションって、良いことのように言われがちですが、今までのものをある意味否定することでもあるので、否定されたことによって弊害が出てくることも見逃してはいけないと思っています。言い換えると、イノベーションは、矛盾の塊でもある。そういう意味では矛盾論とイノベーションは切り離せないです。この矛盾論は、社会運動のデモの話しをするときにくっつけて議論をするんですけど、組織の問題も、それと重なるという話しをする予定です。もちろん、違いもあり、それもすごく大事な点ですね。

QHIコースは、先生よりも年上の学生がほとんどです(笑)。年上の学生を教える、ということについてはいかがですか?

僕は今まで、年上の方と研究していることも多いですし、講義やセミナーで、年上の方に話題を提供させていただく機会も少なくないです。例えば、看護関係の方の前での講義では、200人ぐらいの前でお話しさせていただくことは少なくないですし、それもほとんど年上の方ですね。試行錯誤しながらですし、少しずつ反省しながらではもちろんありますけども、似たような状況の経験は日頃させていただいているように思っています。だから、私のほうから、話題や議論の種を提供させていただいて、具体的な事例やご経験は、院生の方たちのほうが豊富にお持ちだと思うので、ご自身のそれらに絡めて語っていただいたりしながら、私自身、いろいろ教えていただきたいと思っています。要するに互いに知っていること、知っていないことがあるという前提で、フラットにディスカッションするというか、逆にいろんなリアルなお話しをお聴きしたいと思っています。

Q:最後に、先生の趣味を教えてください。

大学のときは、モダンジャズ研究会に入っていました。それでサックスをやっていまして。まぁ、下手くそなんですけど。で、楽器やり始めると、僕、凝り性だからもう止まらなくなっちゃうんですよ。練習しなきゃいけないとか考え始める。それをやり始めると自分が追い詰められるので、楽器は触らないようにしています(笑)。ただ、聴く方は、今でもジャズや、関係する音楽をたくさん聴いています。苅宿先生のワークショップでのインプロビゼーション(即興)の考えは、まさにジャズの実践や伝統に通じます。

苅宿先生にご支援いただいて、いつか、インプロという実践のエッセンスに加え、ジャズの音楽やセッション等,何らかの形で取り入れたワークショップを企画させてもらえないかなと、一方的にですが、密かに思っています(笑)。

<おわり>

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