どうしてこんなに注意されるのか

だいぶ前に似たような記事を書いたことがあると思うが、少し違う展開になるので一応書いておく. 私たちはどうしてこんなに注意されなければならないのだろうか. 工事の時の(なんというの)監視員、警備員(?)はまさしくそれだ.今,構内で街路樹の作業をしているが,警備員だけでもほどほどの数がいる.ちゃんと柵を設けて,はっきりと工事しているスペースが分かるにもかかわらずだ.通るたびに、「気をつけてください」などと言われる.小学生も通ったりするので必要などという人いるのかもしれないが,どう考えても無意味だろう.旧東急文化会館後の工事のところにもきわめて多数の警備員が配置され,右を歩けとか,段差があるとか,滑るとか,いろいろと注意する. しかしなんと言っても一番すごいのは,電車だろう.電車に乗るとひっきりなしにいろいろな注意がある.
  • 携帯(電話,プレーヤー)にかかわること(切れ,マナーモードにせよ、音漏れに注意せよ等)
  • 荷物にかかわること(デイパックは前に持て)
  • 姿勢にかかわること(足を前に投げ出すな、詰めて座れ)
  • 乗車、下車に関わること(発車ベルがなったら乗るな、続いて降りろ)
毎日のように乗る電車で、乗るたびにこんなことを聞かされるのはばからしいを通り越して,怒りを感じる.というのも、この注意の対象者となる人たちは、こういう放送に注意を払うことは全くないので,有効性がゼロだからだ. にもかかわらず、こんなことがずっと続いているのは,むろん鉄道会社の人間が費用対効果とか,副作用とか,そうしたことに無頓着だというのもある. しかし、別の側面もある.それは当事者間のコミュニケーションが基本的に欠けているということも一つの理由にだろう。つまり嫌なことをされたときに,嫌なことをした人間と直接交渉するという姿勢がないのだ.自分が経験したことの中で思い出せるのは,
  • マンションで持ち回りの理事をしていた年に,ある部屋の人がうるさいので理事会で注意しろという苦情があった、
  • 小テストを実施していたときに,カンニングをしている学生がいたのに、(教員である私が)気づかなかったという投書が大学事務になされた,
などだ.こういうのは基本的に当事者でやるべきでしょう。それでもめたら、理事会なり,教員なり,大学当局なりに言うというのが,普通じゃないのかな.電車である人のキャリーバッグが邪魔ならば,「邪魔です」と言えばいい.音漏れのひどい人には「ボリューム下げて」と言えばいい.しかし言わない(自分もまず言わない). こういうコミュニケーション力というか,交渉力というものが基本的に欠けている人が多くなったので、鉄道各社はいろいろな苦情をたくさん受けるようになったのでは.そしてこういうクレームを避けたいので、効果は全く期待していないがとりあえず注意しておくということで、毎日のようにアホな車内放送を流すということではないか. 馬鹿な話だと思う.

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