- なぜ新しいチャンクの生成には意識(特にawareness)が必要になるのだろうか.無意識のうちにこうしたことが出来る可能性はないのだろうか.
- 動物もこうしたことを日常的に行っているような気がするが,動物にも意識は存在しているのだろうか.
The New Unconscious (2): 意識は何のためにあるのか by Bargh
この本の第2章はこの分野をリードする研究をしてきたことを私でも知っているという、John A. Barghによるもの.行為が意識とは独立に行われるという知見が彼の研究分野である社会心理学だけではなく,神経科学や,認知心理学でも得られているということを数多くの研究から明らかにしている.これらの知見がわかりやすくまとめられている.
Barghらの研究の驚くべき点は、被験者が意識しないような刺激,あるいはそもそも意識できない刺激(サブリミナル)を提示することで,その後の行為が無意識的に、そして顕著に変化するという点である.たとえば「協力」(あるいは「敵対」)という単語を事前の課題(たとえば語彙判断課題とか)で提示される.その「後に他者との協力あるいは競合が必要となる課題を実施する.すると、「協力」に関連する「仲間」とか「援助」などの単語を事前課題で見た人たちは協力的な行動が増加し,敵対的な単語を見た人たちは敵対的な行動が増加するという.老人関連の言葉(白髪とか杖)を提示すれば、その後に行われる記憶テストの成績が低下したり,実験終了後にドアまで歩いていくスピードが遅くなったりする.
下條信輔さんの本で詳しく紹介されていたはずなので例はこの程度とするが、これはかなり驚くべきことである.これと類似したものに,プライミングを用いた潜在記憶研究がある.ただしこれは事前課題で提示した単語に意味的に関連した言葉の認知スピードが速くなるとか,想起しやすくなるというものであり,意味ネットワーク、活性拡散のようなものを考えれば、それほど不思議という感じもしない.一方Barghらの研究では、行為自体が変化してしまうというところが謎なのだ.「協力」と言われただけで実際に協力的になるとか、「白髪」と聞いただけで行為のスピードが落ちるいうのは単なる意味ネットワークと活性拡散では到底説明できないだろう.
これについてBarghは、そもそも言葉というのは個体発生の初期においては行為と結びついたものであり、そうしたことが上記の実験の結果の一員であると述べている.この解釈はちょっと無理があるように思う.この解釈に従えば「協力」が協力行動を促すのはまだわかるとしても,白髪が記憶力の低下や行為のスピードの低下をもたらすことの説明は難しいのではないだろうか.他の本に出ていた「スーパーモデル」がクイズ課題の成績を劣化させたり,シューマッハが読解スピードを上げるなんて言うのも無理だと思う.
もう一つ大変に面白い問題提起と仮説が述べられている.これは意識の役割に関してである.意識を通さないでたいていのことが行われるとすると(第1章のものそうだけど),そもそも何のために意識なんてものがあるのかという疑問が当然のことながら湧いてくる.
Barghはこれについて、意識はさまざまな心的状態や活動を抽象的なレベルで統合するという役割を持っているという.(これは自分が考えた例なのだが)「男」という漢字を初めて覚えるとき、字のパターンをなぞるという、感覚と運動にのみ依存した覚え方もあるのだが,「田」と「力」だと意識的に分析し,これらをあるパターン(上下)で統合する覚え方もあるだろう.つまり最初のものはある環境刺激から部分的な行為が誘発され,その行為の結果に次の行為が誘発されという形,つまりパケツリレーというか,ドミノ倒しというか,そういう方法でしか物事は達成されない.しかし,意識的な把握があれば環境や行為の結果の時間的順序に依存せずに,一挙に物事を達成することが可能になるということだ.さらに、これらをチャンク化して、意識への負担なしに即時実行可能にする.そうすると「勇」という時を覚えるときには「マ」と「男」(間男?)として覚えてしまうこともできる.Donald(2001)は
Whereas most other species depend on their built-in demons to do their mental work for them, we can build our own demons
という形でこのことを述べているという(demonというのはチャンクと読み替えてもよい).つまり上の例で言えば「田」と「力」というdemonから、「男」というdemonを生み出すということになるだろう.
さてこうして考えると、とても逆説的な結論が出てくるという.それは「意識は無意識的に実行できることがらを集め,まとめあげ,これら全体を無意識的に実行可能にするために存在する」というものだ.別の言い方をすると,現状の(意識的?)分析から既存のチャンクを呼び出し、このチャンクと現在の情報を組み合わせたチャンクを作り,これを一発で(つまり無意識のうちに)実行可能な形に変化させる、ということになるのかもしれない.
なかなか面白いアイディアではあるが,いくつか疑問もわいてくる.
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