先日、図書館で恐ろしく長い名前の本、「ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎」(ちくま文庫)を借りた。世上名高いとあるけど、ぼくはまったく知りませんでした。確かに同時代の人でドイツ、イギリスと関連が深いのだけど、そもそも二人に親交があったということ自体知りませんでした。読めばわかりますが、まあ親交と言ってもたった一度ケンブリッジの研究会というセミナーの場だけであり、親交というよりはタイトル通りの戦いのようなものなのですが。
いろいろとメモを取ったり、考えながら読んだので1週間近くかかりましたけど、これが面白い面白い。訳者あとがきにも書いてありますが、この本は3通りで楽しめます。1つはポパーやウィトゲンシュタインの伝記みたいなものとして読めます。特に後者の家があまりにすごいので腰を抜かすほどです。また両者とも20世紀の巨人であり、卓越した頭脳を持った人なのですが、同僚にはなりたくない(絶対に)というほどの性格の持ち主であることにもびっくりです。ぼくは大学に40年くらいいますし、いろいろな学会などに出席し、人格破綻者と言えるような人を数名見てきましたが、この二人は桁が違います。中学の軟式野球のエースとMLBのピッチャーくらい違います。
2つ目は、20世紀初頭のイギリス、ドイツの哲学という学問の風景が見事に描かれているという意味でも楽しめます。この時代のこの分野のことはぼくはほぼ門外漢に近いですけど(そういうと他の時代を知っているみたいに聞こえるか)、少しかじったり、名前を聞いたことある人がほぼ全員と言っていいくらい出てきます(ラッセル、ムーア、シュリック、マイノンク、ノイラート、エイヤー等々)。ここら辺の学問的関係、交友関係などがとてもよくわかり、これらの本にアタックするときの杖になってくれると思います。それにしても、まあ当たり前でしょうが、本当にすごいメンバーたちが膝を突き合わせて議論してたのだと感動してしまいます。各人の学説(例えばラッセルのdenotation)なども出てくるのですが、おおよその目安をつけるためには十分なものとなっています。著者はBBCの人だとか、すごいと思います。
3つ目は大戦間のウィーンの事情が、特にユダヤ人の迫害の歴史がよくわかるという意味で楽しめます。自由で、進歩的で、退廃的で、豪華絢爛でみたいなウィーンが、どうやってユダヤ人排斥、ヒトラー礼賛になったのかの一端がよくわかります。
訳者は書いていませんが、訳もとても素敵です。すらすら読めますし、訳注が短いけどしっかりしていて、日本語の参考文献なども充実しています。
オススメです。