オノマトペ

オノマトペ(onomatopoeia)という言葉はご存じだろうか.あまり一般的ではないらしいが,擬音語や擬態語を指す.擬音語というのは,ある状態に伴う音を言葉にしたもので,「どたばた」とか,「わんわん」とか,そんな言葉を指す.こうした言葉を聞くと,聴覚的なイメージが活性化し,印象的になる.擬態語というのは,音ではなく主にその状態の視覚的なさまを指す言葉で,「もじゃもじゃ」とか,「きらきら」なんていうのが典型的なものだ.こちらは視覚的なイメージを喚起し,通常の言葉にないインパクトが出る.つまりオノマトペはいわゆる言葉の意味という認知的な側面に留まらない,感性的な情報を伝えているようである.こうしたことを反映して,擬音語や擬態語で表現した文章はそうでないものに比べて記憶成績が向上するとかそんなことが知られている.

さてこれらは本当に聴覚的,視覚的なイメージを喚起するのだろうか.このことが気になった昨年のゼミ生の山崎陽子さんが実験を行った.さてワーキングメモリには,音声的な情報を保持するという音韻ループというものと,視覚的な情報を保持する視空間スケッチパッドと呼ばれるものがある.もし擬音語が聴覚的なイメージを喚起するとすれば,そればそれは音韻ループ内に展開されるし,擬態語に関しては視空間スケッチパッド内に視覚表象が展開されるはずである.よって,擬音語を記憶させるときに他の音声へも注目させたり,擬態語を記憶させるときに他の視覚情報へも注目させたりすれば,各々に負荷がかかり,記憶の成績は低下することが予測できる.こうした実験方法は二重課題(dual task)法と呼ばれ,古くから用いられてきた.

こうしたことで実験を行うと,擬音語を記憶させるときに他の妨害的な音声刺激を入れると視覚的な妨害刺激を入れたときよりも成績が悪くなる.一方,擬態語を記憶させるときに視覚的な妨害刺激を入れると,音声的なそれよりも成績が低下するが統計的にはその間に違いは見られなかった.

問題は擬音語の方ではなく,擬態語の方にある.どうして擬態語では視覚刺激が妨害にならないのだろうか.1つ考えられるのは,記憶リストとして用いた擬態語には視覚性の強い「きらきら」とか,「もじゃもじゃ」などのようなものもあったが,「すべすべ」とか触覚性の単語も含まれていた.触覚性の単語は視覚的な妨害は受けないはずだから,それらの単語の成績がよいために,視覚妨害の効果が出なかったという可能性がある.そこで視覚的な擬態語とそうでない擬態語に分けて分析を行ったが,いずれのタイプの擬態語でも再生成績に違いはなかった.

もう1つの可能性は視覚的な妨害刺激についてである.この実験ではパワーポイントのアニメーションを用いた運動的な視覚刺激が用いられた.こうした刺激の特性が妨害を生じさせなかった可能性もある.具体的にいうと,擬態語では運動的なイメージを伴う単語も用いられたが,そうでない単語が多数存在した.こうしたことから,運動系の擬態語はこの妨害刺激の干渉を受ける可能性があるが,そうでない単語は受けないということも考えられる.そこで運動系の擬態語とそうでない擬態語に分けて再生率を見てみたが,やはり差はなかった.

ということで,擬態語は

  • いわゆる視覚的な表象を活性化するとは言えない,
  • 視覚表象も活性化するがその他のモダリティの表象も活性化する
  • あるいは視覚妨害刺激が適当でない(この可能性はむろんつまらない)

いずれかの可能性ある.こんなことを8月26日から3日間行われた日本心理学会で発表してきた.鳥取大学の田中さん,名古屋大学の鈴木さん,法政大学の矢口さん,東京大学の針生さん,京都大学の楠見さん,青山学院大学の重野さんから示唆に富むコメントをいただいた.このおかげで今後の展開の糸口が見えてきた.具体的には,以下のような可能性を検討する必要があると思われる.

  • (少なくとも視覚的な)WMへの干渉課題は保持時に行うのが普通(<ー田中さんのコメント)
  • もう少し標準的な二重課題の妨害刺激を用いた方がよい
  • 擬態語は被験者ごとに,視覚,聴覚,触覚性の度合いを各単語について聞いて,それをもとに分類をした方がよいのでは?(<ー針生さんのコメント)

やはり学会は楽しい.

現在は,ゼミの根岸くんが記銘語を視覚呈示した場合(上記の実験は聴覚呈示)に同様の効果が得られるかを検討している(どうもちがうようだ・・・).

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